■「イオンVSイズミ」の熾烈な一騎打ち
九州・熊本を舞台にした激しい流通戦争の行く末に、商業関係者の熱い視線が集まっている。なぜならこの“肥後戦争”には、いま全国ベースで起きている流通変革の様々な要素が凝縮され織りなされているからだ。
その第1は「リージョナル企業の破綻とナショナル企業の支援(進出)」という構図である。
周知のように、ともに熊本を地盤とするGMS企業、壽屋とニコニコ堂が相次ぐように経営破たんした。前者は01年12月、後者は02年4月に民事再生法の適用を申請している。
そしてその支援企業が、イオン(壽屋)とイズミ(ニコニコ堂)であり、リージョナルチェーンの競合(壽屋VSニコニコ堂)は、結果としてナショナルチェーンの戦い(イオンVSイズミ)にとって代わられた。
さらにその戦いは、これまでのGMSという単独業態間ではなくSC間による代理戦争、すなわち「GMS対GMSの戦いから、SC対SCの戦い」へと移行している。これが第2の構図だ。
04年6月、イズミは新店として初の熊本進出となる大型SC「ゆめタウン光の森」を開業した。場所は熊本市北郊で人口急増中のベッドタウン、菊陽町。イオンの「ショッピングプラザ菊陽」(元・壽屋)からわずか1.5キロの至近距離への“後だし”“殴りこみ”出店で圧倒的な優勢に立った(別表参照)。
この時点でイズミは、ニコニコ堂の支援で手に入れた「ゆめタウンサンピアン」「ゆめタウンはません」とともに、熊本都市圏をほぼ牛耳る強力なSC網を確立したことになる。
一方、熊本市から車で小一時間南へ下った八代市では、さらに直截的なバトルが繰り広げられている。
八代市は人口約14万人。熊本市の5分の一強しか人がいない中都市である。そこに04年11月、「イオン八代SC」が市内最大規模で開業。そして05年6月、同SCからこれも2キロの至近距離に、イズミがさらに大型の「ゆめタウン八代」を出店した(別表参照)。
これにより、わずか1年弱で八代市の大型店面積は約7万平方メートルから12万平方メートルへ7割も増加。一挙に大激戦エリアと化したが、その主体は、より露骨かつ熾烈な「イオンVSイズミ」の一騎打ち戦であるのは言うまでもない。
■カットスロート・コンペティション
もちろん、これで肥後戦争が収まるわけではない。逆である。さらに第2幕、第3幕へと続くところが、この戦争の凄いところだ。
05年10月、イオン系デベロッパーのダイヤモンドシティは、九州最大級のSC「ダイヤモンドシティ・クレア」を熊本市近郊の嘉島町に出店、イズミに対しやや劣勢気味だった「熊本SC代理戦争」での巻き返しに転じた。
ところで同SCの核店には、GMSのジャスコに加え、地元百貨店の「鶴屋」が出店するはずだった。しかしそれが急遽取りやめになり、同SCは“片肺”での開業を余儀なくされた。
鶴屋の出店辞退には、ここで言う第3の構図、すなわち「郊外商業VS中心市街地商業」という背景が見え隠れする。
どういうことか。じつは鶴屋の中尾保徳会長は、熊本中心市街地で営業する小売業経営者の多くを会員に有する熊本商工会議所の会頭。そうした立場をして、今回の出店断念に至らしめたと見る向きも多い。
言うまでもなく、ここに記したSC代理戦争の舞台はすべて郊外である。さらに熊本市郊外では、店舗面積7万平方メートル級の「イオン佐土原SC」(仮称)や「ドリームフォレストSC」(同)なども計画されており、中心市街地包囲網の密度は濃くなるばかりだ。
こうした事態を受け、県内の商工4団体で結成される「熊本まちづくり協議会」は、郊外の大型店出店に歯止めをかける「ガイドライン」を策定、05年12月26日より施行している。
さて最後の第4は、「イオン系デベロッパーによる、仁義なきグループ内競合」という構図だ。これがいま全国各地で起きており、まちづくり3法見直しのきっかけになったとさえ言われている。
それはともかく、熊本での具体的なグループ内競合を見てみよう。
05年7月、熊本市と八代市の中間に立地する「ダイヤモンドシティ熊本南SC」(宇城市)は、アウトレットテナントを主体にした新業態「ダイヤモンドシティ・バリュー」としてリニューアルオープンした。
前述した八代市の新規大型SC、及び「ダイヤモンドシティ・クレア」に挟まれた自社同質化競合を避けるのがその狙いである。
一方、「ダイヤモンドシティ・クレア」に対しては、前出の「イオン佐土原SC」が、場所的に完全な直接競合となる。ちなみに同SCは、同じイオン系でもイオンモールによるRSC。
さらに「ドリームフォレストSC」は、イオンと大和ハウス工業との共同出資会社「ロック開発」によるもの。これも場所的に右記2SCともろにバッティングする。
こうしたグループ内競合も厭わない出店の目的はただ一つ。そこには「他社にとられるより自社グループで食い合いした方がまだマシ」という究極の選択がある。
いわば進むも地獄、退くも地獄といった様相を帯びてきたわけだが、今はまだその前哨戦に過ぎない。ここ熊本で、血で血を洗うような真のカットスロート・コンペティション(喉をかき切られるような激しく厳しい競合)が始まるのは、まさにこれからなのである。
別表 熊本県のイオン、イズミ系主要SC一覧